Kai Raine

Author of These Lies That Live Between Us

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青みがかった金色の海

青みがかった金色の海

時が過ぎ、人に初恋相手のことを聞かれる度に彼は、

「海に恋したんだ」

と答えるようになった。それ以上述べることはなかった。一度、勘の鋭い友人に、海に似た女だったのか、と聞かれた彼はただ微笑んでビールを口にした。彼のその決まった一言は冗談か生意気と読まれ、いつでも会話はその点を通り越して終わった。

ジェレマイアが彼女に出会ったのは12歳の夏、ケープタウンの町外れにある義母の実家の近くの海辺。彼女は18歳前後だっただろうか。彼女の髪は、朝日に照らされた海と変わらない色だった。その目は浜辺を洗う波より深い青だった。

「なんでこんなトコ来てんの?」

と彼は思わず聞く。何せ、朝5時にこの海辺に人影さえ見たことがないのだ。

「ならその質問、そっくり返すけど。」

「おばあちゃんたちの家がすぐそこなんです」

と我に返った彼はとっさに答えた。

だが、彼女の驚きは増すばかりだった。

「外を一人で歩き回ってて何も言われないの?」

「それは・・・」

だが、実際何も言われないのは誰も知らないからに限る。これを承知している彼は、言葉を続けられずにいた。

彼女は声をあげて笑った。その笑い声は低く、どこか掠れていた。マイアにはその笑いが波の音に似ているような気がしてならなかった。

「帰んなよ。誰もいないところで歩き回るのは危険だよ。」

「あんたもそうじゃんか。」

「私は大人だからね」

「僕は子供じゃない!自分の面倒は自分で見れる!」

マイアの声は、自分の耳にさえ凶暴に聞こえた。しかし、彼女は笑うだけだった。

「それにしては考え方が子供ね。」

怒りが盛り上がり、一気にマイアの口から飛び出た。

「じゃ、あんたは自分をなんだと思ってんだよ。女じゃんか。一人で出歩ける君の気が知れないよ!襲われたり殺されたりばっかじゃんかよ、この国の女は!」

その言葉が飛び出した途端、彼は全て撤回したがった。彼女の目の輝きは一瞬にして消えていたのだ。自分を戒め、彼は必死に謝罪の言葉を探した。だが、どんな謝罪をしてもその輝きは戻らないかと思うと、彼は何も言えなかった。

そう、マイアは知っていた。父が保護監督権を有したとわかった時、彼は必死に母に謝ったのだから。だが、何を言っても母の厳しい表情は、涙を堪えたまま崩れてゆくばかりだった。そんな表情をマイアは二度と見たくなかった。特にこの女には何故か笑っていて欲しかった。

「君の髪、すごく美しいと思うんだ。」

美しい、なんて言葉を国語授業でさえ一度も口にしたことのなかったマイアは頬を赤らめながらも言った。

「なんか、晴れた日の海の色に似てる。」

「そう?」

彼女は聞き返した。その顔に脆い微笑みが見えたと思えば、涙が頬を伝った。マイアは何をすれば良いのかわからず、ただ立ち竦んでいた。

「ありがとう。そんな優しい言葉を・・・私は・・・」

途端にマイアは彼女の表情の意味を理解した。見たことはないが、覚えはある。母の元にいられなくなるとわかった時、自分もその表情をしていたとマイアは思った。

マイアは手を伸ばし、彼女の腕をポンポンと不器用に撫でようとした。だが手が触れた途端、彼女は転ぶほどの勢いでパッと身を退いた。マイアは慌てて手を引っ込め、決して触れないように注意を払いながら、彼女のそばで砂の中で膝をついた。

「泣いていいんだよ。誰にも言わないって約束する。泣き顔も絶対見ないようにする。でも泣いた方がいいよ。救われる・・・って思うんだ、僕は。」

マイアは目を海の方へ向けて波の動きを眺めた。隣で彼女の身が動く気配を感じた。約束通り、彼は海に目を向けたままだった。しばらくすると、鼻をすする音が聞こえた。二度、三度と聞こえてくるうちに、それは繋がり、うねり、増し、呻くような泣き声へと変わっていった。

彼女は、熱心に泣き続けた。悲しみに身を預け、思うがままに泣く人に初めて会ったのだとマイアは思い知らされた。すると、マイアは三ヶ月前の出来事を思い出しざるを得なかった。その思い出は鋭く、厳しく蘇った。

彼は、母と居られることを疑ってさえいなかった。母の元に居たかったのだ。そこへ、いきなり父に引き取られると報告されたのだった。予想さえしていなかった報告に加え、それに理由があるのはマイアにさえ明らかなのに、誰一人その理由を話してくれないのだった。だが、日々が経つにつれ、盗み聞いた会話と自分の常識を働かせたマイアに検討がつき始めていた。彼はわかってきたのだ。母親というものは通常、下着箪笥に注射針を隠していないということも、手首の傷跡を隠そうと服に気配りをしていないということも、マイアは理解した。そして、母に会いに行くことを許してもらえない父にそれを告げた。わからないことに口出すんじゃない、と怒鳴られて終わった。それだけわかっていれば母にしばらく会わないのは自分のためだとわかるだろう、とさえ言われた。

あれから三ヶ月、マイアは母と電話さえしていなかった。代わりに、当たり前のようにミシェルを『お母さん』と呼ばされ、その両親を『おじいちゃん』『おばあちゃん』と呼ばされていた。親と仲の悪い父とマイアが生まれる前から両親とも他界している母しか知らなかったマイアに、祖父母をもつのは初めての経験だった。それをありがたく思うべきなのはわかっていた。だからこそその素振りを見せていた。

ありがたみの欠片さえ感じられなかった。

今、海のような女の泣き声を聞いていて、この三ヶ月間がマイアに襲いかかった。それは波のようにそっと寄せては盛り上がり、さらに高く高く盛り上がり、そして砕けた。一気に感じるまいと押し殺していた気持ちが押し寄せてきた。

止めどなく涙が流れた。止めようと努める気持ちさえ失っていた。マイアは絶望に身を委ねた。目から、そして鼻から涙は流れた。胸にしまっていた苦しみが全て一気に出たかのように息すらできぬほど苦しかった。必死で息を吐こうとすると、それは唸り声として生まれた。そしてマイアは必死にただ泣いた。女の泣き声に自分の苦しみのが聞こえてしまい、二人は二人の耳だけのヂュエットを奏でた。

どれくらい時間が経ったのだろうか。何度も泣き止めようとした二人は、お互いのすすりに促され、なかなか泣き止めなかった。相手のそのすすり泣きに自分の痛みを感じ、その音に聞こえる感情は鏡に映し出された自分の感情にさえ思えてならなかった。だが、しばらくするとようやく二人とも泣き止んだ。涙が尽きたのか体力尽きたのか、マイアには分からなかった。しばらく二人は砂の上に座ったまま、沈黙したまま海を眺めた。

「行かなきゃ。僕の・・・いや、泊めてもらってる人たちがそろそろ起きる。」
マイアは言った。

ようやく横に目を向けると、女と目が合った。目も鼻も頬も真っ赤にして、髪もぐちゃぐちゃに乱れた彼女は、しかし何とも言えぬほど美しく見えた。その美しさの元は、生き生きとした笑顔だった。

「私も。けど泣きはらしたような酷い顔よ、君。」

「そっちこそ。」

「策があるの」

と言って彼女は立ち上がった。子供のようなはしゃぎ声を上げて走り出し、彼女は海へと身を投げた。浅瀬から再び立ち上がった彼女のその姿は、マイアの記憶から消えることはなかった。

マイアは笑い出して靴を脱ぎ捨てた。彼女に負けない大声を上げて、彼女を追って海に入った。二人は浅瀬の中を転がり、じゃれ合い、笑顔ではしゃいだ。数分もしない内に海から出た二人は穏やかに笑い合った。

「ありがとう。でも君、これからはもっと気をつけたほうがいいよ。」

彼女に言われてマイアはただ頷いた。父がマイアの行動を知ればどんな気持ちになるかなんて一切考えなかった。罪悪感は先延ばしにとっておいた。

「そうする。そっちも気をつけて。」

「そうする。」

この一言だけ置いて、彼女は笑いながら手を振ると、背を向けて砂浜を走り去った。彼女が裸足であると気付いたマイアは、彼女が忘れたであろう靴を求めて見回したが見当たらなかった。彼女が浜に沿って曲がり、視界から消えるまでマイアは目で追った。彼女が見えなくなって初めてマイアは靴を再び履いた。そして寄り道せず、ミシェルの実家に戻った。マイアは女が裸足であったことを思い、近くに住んでいるならまた会えるだろうと考えた。

しかし、彼女とは二度と出会わなかった。

ボストンに帰るとマイアは頻繁に海辺に行くようになり、海の側で待てば何れまた会えるだろうと夢見た。彼女が人魚か海の神だったのだろうかとさえ思うこともあった。長い間、海へ行く度に青みがかった金色の髪を彼は求めていた。時が過ぎ、女との思い出はそっと心の中にしまわれ、一度も声に出されない秘密となった。

しかし、初恋相手のことを聞かれると、彼はある一言を通して少しだけその思い出に浸る自分を許すのだった。

「海に恋したんだ」

籟根海作

英文はこちら。

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