Kai Raine

Author of These Lies That Live Between Us

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紅葉林

紅葉林

深紅色が歩道や公園に溜まる季節だ。近所の庭が全て金色に染まる季節。今年最後の蛍が明滅しながら夜の暗闇の中を飛んでは消えゆく季節。陽気な灯火が地平線の遥か先まで照らす中、あたりは生と死の匂いに満ちている。地上のすべての動きがガサゴソと音を立てる。カサカサと木々を歌わせる中鳥は鳴き交い、小動物はチューチュー鳴き、時折狼が吠えて瑠璃色の夜に呼びかけている。

もはや世界はそこまで鮮やかではないが、僕には充分だ。死にながら居場所を離れゆく木の葉の匂いが空気に漂う。様々な鳥の鳴き声が聞こえてくる。大好きな季節が窓から入り、朝には抱きしめてくれる感覚を楽しみに、窓を開けっ放しにして寝ている。

彼を一目見た瞬間、自分が眠っていると分かった。自分を見ているのだ。

その体は毛布の下の出っ張りと、そこからはみ出る手足でしかない。木の棒のような、今にも折れそうな細い腕。太ももまでも足首の細さしかない、頼りない足。

僕はその体に一歩近づいた。彼が微かに動いた。毛布がずれると、その下には縮れた色鮮やかな赤髪が血溜まりのように頭の周りを縁取っている。僕の方に向いたその顔を念入りに見た。なんとも器量が悪い−−いや、醜いその顔は、そばかすと痘痕だらけで、すでに深いしわができている。何か湿ったように光るその灰色の目を僕は直接見れるはずもない。ただ一つ、変わらないのはフランス側の親戚から受け継いだあの大きな、垂れ下がった鼻だ。

見覚えのない顔だが、すぐに分かった。肩を抜き、腹を囲むように背骨を曲げるあの体勢を知っている。頭を胸に隠すかのように凭れるあの首を知っている。僕らの年を欺くような、笑顔と泣き顔が作った顔のシワを感じられる。唇の端が下に向かって曲がる笑顔が、装った表情なのは痛いほど分かる。何より、あの無頓着な眉毛の曲線が、授けられた灰色の目玉を嫌悪している。

僕は彼を知り過ぎている。彼の欠点しか見れなくなっている。

目を覚ました僕を包む空気は重く、もう見えないものと未だに見えてしまうものしか感じられない。深呼吸は、大好きな季節より、死の味がする。床を出る僕の体はこんなにも重かっただろうか。

牛乳を注いだカップを両手に持ち、唇に付けて少し上に傾けた。冷たい液体が唇にあたり、舌でそれを感じた僕はカップを口から離した。胃袋に何かを入れると考えただけで僕の中の何かがひっくり返る。夢の中の自分の姿が僕の元を去らない。目の裏にその景色が焼け尽き、今回限りは見て止まない。

手が震えていたのだろう。片手に液体がかかり、カップが手から滑り落ち、床に当たるまで気付かなかった。とっさに一歩後ずさったが、もうスリッパと靴下は濡れているだろう。

予想通り、数秒後に足指に締めっ気を感じた。スリッパと靴下を脱ぎ、雑巾を手に床を拭き始めた僕は敢えてため息をつかなかった。

靴下と雑巾は水道のおおよその方向に向かって投げた。あとで見つけて洗うとしよう。靴を履き、杖を手に取り、僕は外に出た。

家の入り口にある階段はいつまで経っても妨害だ。だが、町の騒音と住民街の人々から遠い、見慣れた景色の真っ只中にあるこの家の場所が僕は好きだ。階段の五段目を下り切ると、足の下の地面がカサっと鳴る。

頭の中にしかない景色はやっと薄れ、僕は息をついた。

そう。鼻につく枯れ葉の匂いと、耳を打つカラスの鳴き声。ここが僕の居場所だ。ここが僕のいたい場所だ。

歩き出すと、足の下でカサカサ鳴る葉とパチンと折れる小枝の音がはっきりとしていて鋭く、僕の心を落ち着かせる。聞き慣れた乱れたその音に大好きな季節とありふれた日常を感じる。左、杖、右、杖、左、杖、右、杖−−パキッ、サッ、カサッ、サッ、ゴサッ、サッ、ガサッ、サッ。

音楽だ。

いや、僕の不器用な三本の足が作曲し、奏でるモダンなパーカッションではない。甘く優しいメロディーの響きの滑らかな音が一つ一つ、全て呼びかけて来る。地面に落ちゆくその音々は踊り、交え、泣いているようにさえ感じられる。

その曲が語るのは雨−−違う!落ち葉だ!これは僕が今立っている紅葉の林の中で今落ちている葉々の歌だ。手に取るように見えてくるその葉は赤と黄色に染まり、一つ一つの葉が完璧な五体全てを風に預けて、メロディーと共に地面に向かって落ちている。あれほど見たいと望んだ世界が再び色鮮やかに目に映って見える。深紅色や金色だけではない。夕方が近い時刻のトルコ色の空、枯れ葉の下の茶色いデコボコした地面も見える。なぜすぐにこの曲の意味を聞こえなかったのだろうか?

音楽が止み世界が再び暗闇に包まれることを恐れ、僕はその場を動けなかった。

それでも音楽は途絶え、数分前まで慣れていた、寒い闇の中で僕は孤独だった。音と匂いは変わらず分かる。だがそれではもはや物足りない。

林の中をゆくこの道沿いに他の家があったのか覚えていない。散歩の中で他人に出くわしたことがなかったので、考えたことさえなかった。

道の端を杖で感じながら、横道がないか探った。きっと横道はあるのだろう。だが地面からそんな感触は伝わって来ない。ついに疲れ果て、家に帰った。

その日の残りを家の4部屋を彷徨きながら過ごした。窓の冷たさを手に感じ、僕は空がどんな色だろうかと思った。

次の日に目を覚ました僕は、相変わらず絶望に丸まった細く弱い体の姿に取り憑かれていた。なぜ目が覚めたのだろうかと思い、その場を動かずにいると、ドアを叩く音が再び聞こえてきた。一瞬たじろいだが、思い出した。

今日は火曜日だ。そして午前10時。時間を確かめる必要はない。少年の来る時刻に僕は時計の時間を合わせている。

声はかけないが、床から上がり、バスローブをまとう。バスローブの帯を締めているとノックがまた聞こえて来た。ドアに向かってゆっくり歩き、開いた。

「散歩に行こう」

僕は靴を探しながら話す。靴を履くと、昨日帰ってきて以来放置していた杖を手に取り、ドアの横の棚に寄りかかった。

「わかった」

少年は言う。彼の声に、腐ったレモンの味の情けが聞こえる。今に始まった事ではない。気にしないようにしている。

階段を降りる僕に少年は手を貸そうとする。必要ないと言う言葉も動作も無視し、少年はあえて手を貸して来る。今喧嘩をする気力はない。目の裏から離れない灰色の目の中にある空洞のせいだろう。

軋む階段の下で、靴は硬いコンクリートを踏んだ。カサカサ鳴る葉も、ポキっと折れる小枝も、何一つない。ノックする前に少年が家の前を掃いたのだろう。

できる限り思い出しながら、林の中の道を歩いた。あとからついて来る少年の足音に耳を立てながら、彼を頼らなければならない瞬間を恐れていた。

「ここだった」

と、ついに言いざるを得なくなった。彼に向かって振り返った。

「この辺りに建物が見えないか?」

「木の向こうに屋根は見えるけど。右の方。でもどう行くのか、道とかは見えないよ。」

少年は答えた。その声に疑念と困惑が油のようにべとついている。

「道を見つけてくれ」

と言った僕の手を少年が取ると、おとなしくついて行くしかなかった。

少年に導かれながらも使い続ける杖はしかしなんと無意味だ。自分の足の下はコンクリートなのにベチョベチョと音が立つ少年の足音で、彼が僕を気遣って道の横を歩いているとわかった。

う〜んだのは〜んだの、ブツブツ声を出しながら僕をあちこちへ連れまわす少年に、僕は何も言わずについて行くだけだ。いつもなら少年を怒鳴りつけている僕を、どうしたことかと彼は思っているだろうか。

「あ、あった!」

と少年はいよいよ言った。

「あと少しで着くからね」

あちこちへ連れまわされた僕は、今ここがどこなのかさえ分からない。戻りようがない。帰り道が分かり易いことを願う。

「ノックしようか?」

問いかける少年の声は誇りに満ちている。僕も今彼を誇りに思っているのかもしれない。そう気付くと、胸の中で何か不快なものが跳ねて脈打つ。

あとから一人で戻ってこようか、と一瞬思う。音楽さえない今、なんと言えば良いのかすら分からない。だが少年はすでに僕のそばを離れ、彼の足の下に軋む階段の音が聞こえる。呼び止めようにも声が出ない。

少年のノックにしばらくの沈黙が続いた。すると、軋むような足音が中から聞こえ、ガチャっとドアが開く。僕の背中に、風にカサカサ鳴らされている木々を感じ、その中に隠れたいと思う。それでも数歩前に出る。

「こんにちは。兄があそこの道の先にある家に住んでいるのですが」

少年が愛想よく話しかけている。

「そですか。でなん?」

帰って来る返事は単調で、しかもこんな朝っぱらから酔っ払っているように口ごもっていて聞き取りづらい。いや、音楽家は酒癖が悪い人が多いのだろう。しかし、なぜこんなにも冴えない声の持ち主にあれほど美しい景色を生み出す音楽が奏でられるのだろうか。

「昨日、あなたの音楽が聞こえました」

急に出た大きすぎる声は自分のものだ。階段の近くにいると勘違いした僕は足で何もない場所で階段を探し、転びそうになった。少年が駆け寄って来る中、自分の頬が温かくなったのを感じる。不思議な感触だ。少年に階段の上まで導かれている間、酔っ払ったピアニストは黙っていた。僕のみっともない魂はありのままに赤の他人の前にさらけ出されている。階段の上にたどり着くと、言葉をどもらせて僕は言う。

「だから、その…僕は…だから、できればもう一度…聞きたいです」

ひとときの沈黙。

「わーし音楽やいません。」

「でも」

「たかがペアノをららく音があんたねなんすか?」

息を飲んだ。たかが言葉だ。たかが有刺鉄線に当たったような痛み。

「お言葉ですが、たかがピアノを叩く音が…僕には視覚でした。」

沈黙が落ちた。今度は隣で少年も固まっているのがわかる。

慣れない感触が片手の裏にあたる。音楽家は僕の手を取ったのだ。その手は冷たく、硬いタコだらけだ。感じ慣れない手は僕の手を上へ上へと持ち上げ、ひっくり返した。すると手のひらに温かく柔らかい感触がある。皮膚と髪だ。

僕の手のひらの中心に感じるのは、耳。

唾を飲む行為さえ痛い。唾とともに、僕はこれまでこの人に対して思ってきた利己的な、苦々しい思いを全て飲み込んだ。悲観的な見方しかなかった自分を思い、後悔が舌に沁みる。もう片方の手をこの人の反対側の耳につけた。この人はもはや他人などではない。頬に濡れた感触があるが、構わない。

「全く何も?」

「まらく。君は?」

と仲間が口ごもったようにいう。僕の瞼に指を当てて囁く問いは静かで、恐れるような口調。

「全くないです。き…昨日までなかったです。」

僕の手の間の頭が一度うなづいて、そして離れた。

「なーばいらしゃい。わーしが目になて差し上げます。」

顎とひたいに不思議な感触がある。目の奥に、再びあのやつれた男の姿が見えて来るが、今回は以前と違う。その口は伸び、ひたいのシワが和らいでいる。まだこの男の中には生があるのかもしれない。10年ぶりに初めて見るその笑顔は、僕のものだ。

籟根海作

英文は7年前に描いた作品ですが、とあるネット雑誌に四月に公開して頂く予定です。

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